ざさいたま
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雲取山(鴨沢・石尾根)

アプローチ

 東京都民の多くは都の最高峰を知っているだろう。海抜2,017メートル、埼玉県と山梨県の県境にある雲取山である。日本百名山にも指定されており、知名度は高い。登山が趣味の人は一度は登っているのではないだろうか。しかし登山に興味がない人にしてみれば、殆ど知られていない。実際に訪れたことがあるのは稀ではないだろうか。興味が無い方にしてみれば「terra incognita1)」に違いない。私もそうであった。
 調べてみると複数の登山ルートがあり、どのルートを経由するにしても、行程を一日で完結することは難しい。山頂付近の山小屋に泊まるか、テント泊をしなくてはならない。登るという意志がなければ挑戦し難く、体力勝負の山行になることは疑いない。そのようなこともあり雲取山を怖れていた。
 ガイドブックを買ってくるも、雲取山について解説している部分は少なく、多くても数ページである。知名度の割には情報が少ない。北アルプスや南アルプス、高尾山などについては既に多くの出版物が出ており、情報は容易に手に入るのとは対照的だ。かねてから雲取登山を計画していたのであるが、なかなか踏み出せない。相方に雲取に行く前に御前山で予行を行おうと話したときに「もうすぐ雪が降るので、御前山の前に思い切って雲取に登ってみては」と切り替えされた。その一言によって登る決心ができた。

山行開始

 2012年10月20日のことである。始発で奥多摩駅に、バスに乗り込み登山口である鴨沢に6時頃到着した。そこで朝食を済まし、登山口向かう。私も相方も登り慣れているわけでないのですぐに息が上がる。熊の食べ残した栗を横目で見ながら、中継地点である七ツ石山に到着する。奥多摩にはツキノワグマが生息するという。ヒグマでなにいしろ熊は怖い。熊避け鈴を携帯するのがいいだろう。熊に襲われることもなく快調に行程は進んだ。強風の中珈琲を入れる。山上の珈琲は格別である。下界で飲むそれとは違う。
 食事と珈琲を済ませ雲取山頂を目指す。もう少しで雲取を手中に出来るという実感が沸き大いに興奮した。尾根道は美しい。石尾根と呼ばれているそうである。連続して連なる峰、通路を兼ねる防火帯。登山に特別思い入れがない人も、一度は行くべきではないかと思えた。途中に小雲取山というピークがあるのだが、地図を読み慣れてない私はそれを越したことも気づかずに、山頂まで来てしまった。景色の美しさに見落としたのかも知れない。山頂には日避難小屋と案内板が設置されている。探検という意味においては興醒めなものであるが、むしろこれくらい整備してあるとアプローチがしやすい。
 天気は下り坂で山頂は寒い。早々と記念写真を撮影し、登頂の喜びを相方と分かち合い、埼玉県側にある雲取山荘を目指し、山頂は翌日満喫することにした。

雲取山荘

 山荘には三時頃到着した。ほぼ予定通りである。念のため予約を入れておいた。紅葉シーズン中であるため、山荘は混雑している。山荘スタッフに定員6名の部屋に12名になるかも知れないと脅されたが、結局10名が押し込められた。同室中の登山者と談話をする。私はそれ程経験が無いため、今まで登った山、他の山荘の話などを感心して聞く側である。話は絶えることなくつづく。
 話題はトレイルランに移った。トレイルランとは、字の如く山の中を歩くのではなく走るスポーツである。唐突にも去年の全国大会の優勝者を知っていると、男性が話した。話の要旨は以下のようになる。
 男性は前年単独行で雪山に挑んだ。雪山で滑落し負傷するも、なんとかビバーグし救助を待ち続けた。ヘリコプターは来るも私の存在に全く気づいてくれない。待つこと数日にして幸運にも救助されたという。救助してくれたのがヘリコプターでなくそのトレイルランで優勝した山岳救助隊員であるという。
 武勇伝でなく失敗譚であったために生々しい。雪山単独行だけは控えたい。
 食事の時間になった。収容人数が多いためか「三グループに分けるので、呼ばれたら食堂に来てください」と言われる。私たちは二番目のグループになった。席に着くと同時に「混んでますので早めに食べて出て行ってください」と言われてしまった。それも山小屋であるため仕方なしか。
 噂によると雲取り山荘で夜更かしをすると山荘スタッフに怒られるらしい。それは怖いのでそうそうに寝ることにした。

再び出発

 朝食後、ご来光を拝み下山することになる。昨日十分に堪能出来なかった山頂を目指す。朝は天気も安定しており、山頂にて清々しいひとときを過ごす。朝の尾根道は美しく喜ばしい。下山予定路は昨日の鴨沢でなく、七ツ石で下らず石尾根を直進し奥多摩駅まで時間をかけてものであった。体力に余裕があければ連なるピークをついでに縦走しようという欲張りな計画である。この欲張りがいけなかったのかも知れない。

石尾根そして下山

 七ツ石山までは順調に来れた。高丸山のピークは迂回し日陰名栗山に到着した。展望も良くここで昼食を取ろうとしたが、強風で寒い、疲れが出始める。しかたなく風が弱いと思われる鷹巣山避難小屋まで歩き食事を取ることにした。よせばいいものを鷹巣山に登ることにする。鷹巣山に登頂し山頂から下界を眺めるが、展望は得られない。この時点で相当疲れていたと思う。欲は深く六ツ石山の登頂を考えた。疲労のため思うように進まない。六ツ石山へのアプローチは諦め早めの下山を考えた。美しく長い尾根道であるが、全長20キロメートルを越える下山路は過酷でもある。延々と連なる尾根は標高を下げてくれない。日没が近づいていた。私は脚に痛みを覚えたが、相方はもっと辛そうである。休み休み進むため、なかなか下山できない。
 ともかく下山することを考えた。三ノ木戸(さぬきど)の分岐では距離が短い三ノ木戸林道コースを選択した。この選択が良くなかった。道の整備状況は良くなく、間違えやすい分岐が多数ある。案内板や路面情報を確認して慎重に進む。日没も迫る。ヘッドランプは常備しているものの、日没後知らない山域を行動することは好ましくない。そして高度計の電池が切れどれだけ下ったのか判らなくなった。正直焦っていた。後で確認したのであるが、昭文社の地図には「迷」の注意書きがある。途中、林道用モノレールと合流する。大概の場合、林業モノレールは林道の終点に繫がっている。道の選択は間違っていない筈である。体力さえあれば下山できるに違いない。そう信じて林道終点にたどり着いた時には、安心したと同時に脚の疲労は相当だった。それから薄暗い林道をそうとう時間をかけて下ったと思う。
 奥多摩駅に到着した頃には、疲労は限界まで達していた。あたりは真っ暗である。歩くと痛む脚をなんとか電車まで運んだ。今回の山行計画は無理があったのかもしれない。が、学んだことは大きかった。

注:
 1)未開の土地の意。
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