ざさいたま
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フクシマの英雄

焦点がずれている

 「フクシマ」とカタカナ表記をしてみると、何か遠い外国の都市のようである。マスメディアでも福島と書かずフクシマと書くのを見かける。福島県外に住んでいる人にとっては、福島は福島でなく、フクシマなのだ。原発事故発生以来、どうもそう考えるようになったようである。
 事故発生後、人々の関心は津波から絆、原発そして放射性物質に移った。今や放射性物質はプルトニウム、ヨウ素からセシウムへと及んでいるようである。電車に乗ると、学生でもないく科学とは無縁そうな人までも、セシウムがどうのこうのと話を弾ましていた。電車だけではない、買い物に出てもそのようなセシウムの話を耳にするのである。
 セシウムの話は発展し、福島県近隣の県についても耳にする。群馬県・埼玉県等近隣の県の農産物はどうのこうと。人々の関心は放射性物質から、身を守るというよりも、どのように関係を絶つかということに移っているようである。

私は関係ないという考え

 フクシマというカタカナ表記は、福島県に起きた事故を考えたくない、出来るなら忌避したいという心情と、空想上のものごとのように捉えたい、或いは県外に住むため私の責任ではないという思考等、複雑な様相を呈している。いずれにしろフクシマは一種の穢れを忌避する為の無責任な考えの結果なのである。

フクシマの英雄

 先日、スペイン皇太子賞を「フクシマの英雄」が受賞したという話をニュースで聞いた1)。ここでもカタカナ表記である。原発事故に対し勇敢に立ち向かったことを讃えて自衛隊、警察、消防の代表が代理として受賞したそうである。
 スペインの皇太子は知っているのだろうか。自衛隊、警察、消防それぞれ上司に脅されながらも勇敢に立ち向かったのであるが、原発の作業員も事故収拾にそれ以上に勇敢に立ち向かったことを。作業員たちは英雄として讃えられながらも、何故か変声機やモザイク付きで報道されている。全く日本では英雄扱いされていないのである。逮捕前の犯罪者のような扱いである。
 全く英雄扱いされていない作業員。私は疑問に思う。このことは極めて弱い立場にいる下請け作業員が支えている原発の実態を端的に表していると思う。日本は欧米諸国に比べて労働者の地位は極めて低いのはいうまでもないが、ことにこのような下請け構造にある産業下ではさらに立場が低いのである。欧米人の想像を超えるものがある。スペインの皇太子は不当に扱われている現場労働者の実態を知って頂きたい。
 スペイン皇太子だけではない、本来真実を大衆に伝える使命を負うマスメディアでも報道されていないのである。もっとも、モザイクをかけて扱っているぐらいであるからそれもそのはずである。スペインの皇太子だけでなく、この記事を読んだ方も是非認識していただきたい。

恥ずかしい国民性

 平安時代より日本人は穢れを意識してきた。何時の時代になっても穢れを忌避し、そして無関心に振る舞う。この伝統は、恥ずかしい。私も恥ずかしい日本人の中に含まれるが、世界に誇る精神ではないのである。精神性を重んじる国民に穢れの忌避は相応しくない。フクシマそして放射性物質、モザイクされる本当の英雄。これらの不快で恥ずかしい事象を通して嫌な気分になった。
(小宮和寛)

注:
 1)寡聞にして私はこれまでスペイン皇太子賞というものを知らなかった。
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