ざさいたま
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第一章 内裏の復元

はじめに

第一節 裏松光世


第二節 コンピュータを用いた内裏図の作成

『大内裏図考証』を元にした内裏図の作成

 中古以来の宮中儀式に関する資料を付している『大内裏図考証』の内容をすべてに於いて把握することは到底できない。しかし、それに付随する指図だけを切り抜き繋げることができれば、内裏及び大内裏の様相を大まかに把握することは可能である。図面だけを鋏で切り抜き大きめの用紙に糊で貼りつけただけでは、図面の縮尺も一様で無いため体系立ったものを作成することは難しい。図面を蒐集しそれぞれ縮尺を整え書き直してから糊で貼りあわせ清書する他は無く膨大な時間を費やす必要がある。ここでコンピュータを鋏と糊の代わりに利用すれば手間が省けかつ、再利用可能で修正も容易なものができる。
 作成途中で気づいたのだが既に内藤弘前18)による『大内裏』というものがあった。同じ試みをコンピュータを用いずおそらく前述した方法に似た方法で行ったものであろう。弘前の『大内裏図』の検証もできることを考え作業を継続した。

ソフトウェア

 ソフトウェアは設計用CAD19)ソフトウェアが最適と思えるが、後で柔軟に動かしたいため簡単なドローツールIllustratorがデータの再利用・利便性等から穏当に思われた。Illustrator20)はもともと商業ポスター、取扱説明書の指図などを作成するツールである。ベクトルデータを扱うため縮尺が自在で細かい図面を作成するには適当である。

実際の作業

 明治書院から刊行させている『大内裏図考証』を元にし作業を行う場合、史料の多くを同第二・同第三から手に入れる必要がある。以下に示すものがその一例である。
(大内裏図考証巻二 指図1)
(大内裏図考証巻二 指図2)
(大内裏図考証巻三 指図3)
 内裏図を作成する場合、『大内裏図考証』だけでは困難なため、各殿舎の位置などは角田文衛編『平安時代史事典』三巻に収められいる内裏図を参考にした(これも弘前の『大内裏図』をもとに簡略化して作成していることが作業を進めるとわかってくる)。清涼殿の様子は『故事類苑』24)に納められている指図を参考とした。
(清涼殿図)
 手順は『大内裏図考証』から内裏図作成に必要となる資料を抜き出し、次に『平安時代史事典』に載せられている内裏図、九条家本『延喜式』や陽明文庫本『宮城図』を用いて殿舎の位置を見ながら史料を分類する。殿舎の位置が大体定まったら蒐集し、整理した資料をコンピュータ上に手作業で入力した。図面情報の入力は様式に沿いながら斑ができないように入力することを要する。情報が多い清涼殿に関しては基準点として一番はじめに入力を行った。その後清涼殿から後涼殿、校書殿、仁寿殿という順に放射状に入力した。図面情報を入力していくと最初定めた殿舎の位置と、入力する図面とあわない場合がある。その場合は入力する図面情報を優先し最初に定めた殿舎の位置を修正しする必要がある25)。殿舎ごとのデータを入れ子構造にし後の修正を容易にし名称や説明テキストも図面と同様な手順で入力し、主要な施設名は大きい文字で示し細かい部位は小さい文字で示した。格子や簀子・蔀・板敷等の殿舎の各部位の様相も可能ならば書き加えた。

作成した内裏図

 『大内裏図考証』の様式を模して柱は黒点で示し、部屋の区画などは細線で示している。中線は溝、太線は内裏を囲う垣である。内藤弘前の図面と酷似したものができあがる。彼が書き上げた内裏図の精度に改めて関心するところである。
(内裏図)

内裏図の改良

 内裏図そのものに誤りがあれば有職書の解釈そのものが困難になる。内藤弘前の図面にしか見られない、もしくは『大内裏図考証』で私が見落としてしまった部分は出来るだけこれを取り込んだ。その課程で江戸時代以降の増築箇所も含まれているため修正作業は指導の三橋正先生、源氏物語の研究家である上原作和先生の両名に手伝っていただき誤字、大内裏図自体の誤りを指摘してもらい逐次作業を行った。私では見つけることができない史料上の誤り部分について言及してもらい図面の完成度を高めることができた。この場を借りて両先生に謝意を表したい。
 内裏の殿舎には高さというものがある。殿舎の間の名前(身舎・北庇・南庇・西庇・東庇・孫庇)から順に薄い色の半透明データをおくことで合算式に濃淡で高低を示した。内裏図を作業の度にプリントアウトすると複数のバージョンできあがってしまうためバージョンを表記するようにした。

改良を施した内裏図

 以下図面が改良を施した大内裏図である。
(改良した内裏図)
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