ざさいたま
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すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなる

ある国語教師の言葉である

 私が考えた言葉ではない。橋本武1)という国語教師の言葉だそうだ。言いたかったことを、実に簡潔な表現で説明している。不完全だった私の考えが、丁度言い当てられたと書いたほうが適切であろうか。
 私は「コンピュータを学ぶとは」と題して、コンピュータについて同じような論旨のことを書いた。既に一読している読者には申し訳ないが、「コンピュータを学ぶとは」の論旨を紹介しよう。以下のようなものである。
 コンピュータを学ぶことはソフトの操作方法やコンピュータの使い方、就中応用的な活用法補を学ぶことではない。基礎なくして応用だけ学習したとしても、忽ち応用ソフトウェアに変化が生じてしまうと対処できなくなる。そのためにはまずは徹底的な基礎を学ばなくてはならない。応用はそれからでも遅くない。
 つまり、応用ソフトウェアの操作についての学習は「すぐに役立つこと」であり、コンピュータサイエンスの理論はすぐには役立たない。応用ソフトウェアを学習しても、変化が訪れると「すぐに役立たなくなる」為元の木阿弥になってしまう。
 上記の箴言はコンピュータだけではなく様々な分野について一般化できる。コンピュータにしろ音楽にしろ、文学にしろ様々な分野に於いてもである。このことは日に日に、確信となってきた。

音楽とコンピュータ

 例えば、音楽だけを聞いたのではバッハは判らない。メロディーやリズムという概念だけでは一向にこの音楽はわからない。バッハの中には驚くほどの類似性、対称性の世界がある。私は恥ずかしながら、再帰的なアルゴリズム2)をすぐには理解できなかった。そこで偶々バッハをきく。聞くだけでなく弾く。そうすると今まで、理解に苦しんだ例の再帰的なアルゴリズムが驚くほどわかるようになって来たのである。そしてバッハの音楽の中に隠されている論理も驚くほど明確になってきた。

専門はそれだけで存在しない

 物事はあらゆることと関連がある。無関係に見えても、実は関係している、あるいは同一であることも。それは一目見ただけでは判らない。
 そう考えると「専門」という言葉も甚だ訝しいく思えてくる。「専門」であることはそのことにだけ詳しいことではないのだ。あらゆる分野に対し知見を持ち、中でも特に詳しい、これを「専門」というのではないだろうか。「資格」などを等して認定される技術ないしは技能は「専門」ではない。それは、だだ与えられただけの狭い知識の、ハウツーに過ぎない。
 このことが判るまでにどれだけ時間が掛かったのだろう。若い時から知っていた人間はどんなに賢明なことか。私は愚の至りで情けないことに20代後半である。
 基礎に時間をかければどれだけ世界が広がったことだろうか。何事も基礎があって初めて成就する。
 ともかくいい言葉を見付けた「すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなる」なのである。
(小宮和寛)

注:
 1)高校教師。異色の授業を展開していたらしい。
 2)具体例に、階乗の計算、ハノイの塔等の例があるが、これを実践しているプログラマーは少ない。具体例を学習したにすぎないことが多い。
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