ざさいたま
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自転車に乗って

ロードバイクとの出会い

 ロードバイクと呼ばれる自転車に初めて乗ったのは中学の頃だったと思う。当時は競輪の自転車とよく勘違いされた。競輪の自転車はピストと呼ばれていてブレーキも付いていなければ、変速機も付いていない。ロードバイクは形状こそ似ているが、ブレーキもあり変速機も付いている。ブレーキが付いているので公道で走行でき、変速機もあるため坂道もお手の物である。
 確かに自転車は気に入っていた。私の行動範囲を広くしたことは間違いない。あるとき父に自転車で奥多摩湖に行こうと誘われた。それには奥多摩周遊道路上にある「風張峠」を越えなくてはいけないという。そのころは峠というものを山を横断する坂道の頂上ぐらいにしか考えていなかった。強いていうなら辛い厄介な道ぐらいにしか考えていなかった。中学生ごときには峠は理解できなかったのである。
 計画は実行された。私はこの「風張峠」で自転車旅行が嫌になってしまったのである。いま思えば笑い話である。「風張峠」はそれ程厳しい峠道ではない。どちらかというと入門向けの峠である。父の選択は本来なら悪くはなかったが私の体力、気力全てが足りてなかった。この旅行で人生初の百キロメートル超えの経験はしたが、以後暫く自転車に乗らなくなってしまった。まさか私の中で自転車が価値あるものになろうとは考えていなかった。

運動不足

 かねてから気になっていた私の体はいよいよ如何ともし難くなってきた。運動不足により体は膨れあがり、実生活に困難を生じてきた。本棚から本を取るのにも疲れる。全ての動作が鈍く、そして苦しい。体重と比例する食欲は抑えがたく、過剰に食べてしまう。もっとも情けないことは自己管理ができていないことである。
 自己管理ができない。そんなことは頭では判っている。食事量を減らし、適度な運動を継続して行えば問題は解決するということを。この形而下の問題を克服するために相当悩んだ。自分の意志の弱さからダイエットの糸口は容易に見い出せないでいた。

壊れた自転車

 通勤に使っていた自転車は中学以来のパナソニック製のロードバイクである。もともと弟にあげたものであったが、通勤に使うということでノーパソと交換した。度重なる野ざらし、整備不良によりこの自転車は走行こそできるものの、変速はおろか、サドルが固定できない、ペダルを回すと違和感がある等、重篤な状態に陥っていた。購入店に持って行けば直してもらえることは判っていた。が、現在住んでいる青梅から遠く、これほどボロボロになってしまった自転車を恥ずかしくて今更持って行けない。
 そんななかタイミングよく近くに自転車店ができた。同僚がそこで自転車を買ったらしく、私のボロな自転車をみかねて是非診てもらうよう薦める。自転車店の店主は大概偏屈である。私がここまでボロボロにしてしまったのも、自転車店が怖かったのである。なにを言われるかわからない。量販店で自転車を買えばいいのではと思うが、量販店で売っているそれと専門店のそれでは形は似ているものの別物である。だから専門店の店主は偉そうな顔ができるのである。同僚の話では新しくできた自転車店の店主(Bike Cafe FB羽鳥氏)は人柄もよく、面倒見もいいということであるので思い切って行くことにした。最初はボロ自転車を最小の予算で走行に支障がないように修理してもらえればいい算段であった。しかし、評判通りの気のいい店主に「最新の自転車も乗ってみると違いますよ」と薦められるまま乗ってしまったのである。最新の自転車は確かによい。もとの自転車は修理をしたのであるが、店主の自転車を気に入ってしまい、それも安く譲ってもらうことにした。これなら遠くに行けそうだ。もしかしたらオデブを解消できると思ったのかも知れない。

峠通い

 新しい自転車を購入後、私は奥多摩に足繁く通うようになる。思い出の「風張峠」も再会直後はやはり厳しかったが、回数を重ねるうちに難なくこなせるようになった。問題の体重もみるみるうちに落ちてしまった。本を取るのも楽になり、動きもスムーズになった。
 奥多摩通いを繰り返すことは必然的に数多くの峠を通過することになる。自転車に乗ることは峠に行くことであり、峠は外すことができない重要な地点と考えるようになっていた。自転車で峠にいくと、峠を境界にした二つの空間のニュアンスの違い、峠という一種独特のニュートラルな区間に魅せられることになる。これらのニュアンスは自動車では判らないだろう。峠に至る上り坂は速度を落とすことになり、その空間を感じることを促す。峠はただ通過するのではなくしばし足を休め、眺望が良ければ景色を眺める。下りは自転車に跨り自然と移動する。
 峠道は辛いことに変わりない。自転車には競争を目的とするスポーツ的な要素もある。スポーツ的な要素は計量可能で客観的であり誰でも判る。しかし、それだけでは峠の魅力はわからないと思う。競争的な要素だけが重要であれば峠に拘泥する必要もない。峠は体力的な厳しさ、単純な競争を越えて周りの世界を知覚した時に初めてわかる。自転車にとって峠とは欠くべからざる要素であることに納得した。

危険も

 魅力ある峠サイクリングは登山に通じる所がある。峠に至る眺望は山頂程でないにしろ格別である。しかし、危険も多い。「風張峠」などの整備が行き届いた道もあれば、詳細な地形図にも掲載されないような整備が不十分な峠道、一瞬気を抜くと転んでしまうような強烈な峠道もある。山岳地帯を通行することから、突然の天候変化等が起こりやすく、時には引き返す判断を迫られることもある。実際、今年違う同僚と秩父「有間峠」を目指した時突然吹雪かれた。その時は雪が積もる前に下山できたが、もし下山できなかったら大変な事になっていたであろう。登山程でないにしろ、危険という点では変わりない。

広がる世界

 そのような危険な峠であるが、私は完全に魅せられてしまった。中学生頃に播かれた種が漸く芽吹いた感がし感慨深い。現在は奥多摩の峠を中心に巡り、新しい峠にいく毎に実地レポートをウェブに掲載することを日課としている。登山では無視しがちな林道と峠を取り上げ、ウェブと結びつける、そのような活動を行いたいと思っている。
 自転車により私の活動範囲は再び広がった。今年は関東近郊まで視野に入れ、自分の世界を広げてみたい。
(小宮和寛)
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